アイモアスペースとは

会社概要 アイモアスペースとは スタッフ紹介

トイレ掃除一つでも心をこめて

〜トイレ一つでも心をこめて
リフォームとハウスクリーニングのプロ集団アイモアスペースについて〜

なぜ倒産から再出発したアイモアスペースが業界一のハウスクリーニング会社になったのか?全て正直にお話いたします。

いまでこそ笑い話としてお話できますが、「いっそのこと全てを捨ててしまおう」、「私が死ねば生命保険が入るから・・」と思ったことがあります。

まあ、世の中そんな思いをされた方も少なくないのではないかもしれません・・

事業が失敗・倒産。 死のうと思ったことも・・  でも、ある日、息子の一言で全てが変わりました。

そして業界一のハウスクリーニング会社の所長になることができました。

そんな男の話をお聞き下さい。


本当に貧しかった幼年期

本当に貧しかった幼年期
申しおくれました、私アイモアスペースの所長を務めております、相川と申します。

青森県の寒村で7人家族の次男坊として生まれ、家庭も貧しく食べるものもなく、食べるものといったら、ジャガイモやかぼちゃだけ。

肌が黄色くなってしまったことを思い出します(笑)。

胸をときめかせて上京

心をときめかせて上京「集団上京」と言う言葉をご存知でしょうか?

映画「三丁目の夕日」の六さんではありませんが、「東京に行けば美味しいものが食べられる」、「豊かな暮らしが出来る!」の夢一つを持ち、15歳の少年は夜行列車に乗って上京。

M菱重工の丸子工場に勤めることになったのですが、描いていた夢とは、えらい違い!

毎日夜10時すぎまで、残業、残業また、残業!

寝るところも16畳の部屋の通路の半畳! まさにタコ部屋状態でした(笑)。

不眠不休、そして目覚める!

当時の大卒の初任給が約12,000円程度。
ところがもらっていたのは日に210円、月にしても4〜5,000円(職業訓練所を出ていれば220円だったのですが、職業訓練所に行かせてもらうお金もありませんでした)。

そんなある日、ある人の言葉が私を変えました。

それは「青年は人の3倍から5倍働きなさい。 世の中にはいなくても良い人、いてもいなくても良い人、いてもらわなければ困る人がいます。あなたはいてもらわなければ困る人になりなさい。 そのためには努力して、人の役に立つ人になりなさい。」

という言葉でした。

その言葉に目覚めた私は、仕事は人の3倍、そして勉強にと、寝る間を惜しんで努力をしました。

でも、依然給料は上がるわけでもなく「このままでは弟たちにろくな仕送りもしてやれない、良い生活はおくれない」と自覚!

そんなときに普段の努力を見ていてくれたのかある看板屋の社長から「うちに来ないか?」とスカウトされることに・・  時に18歳

あ、でも失敗かも!

いまの生活から脱出できるのではと移った会社はわずか10人足らずの零細企業・・

「失敗したかな・・」と、わずかに後悔(笑)。

でもここの会社には一つの特徴があったのです。
それは日本でも唯一といえるステンレスの看板を扱っている会社だったのです。

そこでもいままで以上の努力を重ね、3年で第二工場の工場長に抜擢!

さらにその2年後には本社の工場長に抜擢されるまでになり、年商1億円規模の会社を年商3億円にまで伸ばしたことに貢献出来たのではないかと思います。

そして独立!
そして独立

会社の規模も大きくなった事もあり、自分の周りの環境を整えるために、青森に戻り、当時17人の人材を連れてきて、会社の一部に間借りして独立!
当時25歳

日本でも3本の指に入る有名看板屋に成長!
敷地1,000坪の工場 年商30億円以上の売上の会社になったが・・

29歳のときに法人登記。

31歳で綱島に工場を購入するために銀行に座り込み(笑)!

その熱意に負けたのか銀行の融資が決定して工場を購入できることになったのに会社員一同歓喜の涙を流しあったのも、つかの間・・

機械を購入する資金までは考えていませんでした(爆笑!)。

でもそこに現れたのが、以前の会社で取引のあったあのアマダの当時の部長さん。

「相川さんわかった。 契約書は要らない、お金は儲けてからでよい。 大型トラックで機械全部運んでくるから、それで仕事をしなさい!」ですと・・

いま時では信じられないような話でした。

そのお陰も有り、大手建設会社からの仕事や、元いた会社からも仕事をまわしてもらい、仕事も順風満帆!

が、元はしがない職工、銀行とも付き合いが出来るようになったのは良いのですが、手形や小切手のことなど何も分からず、本当に恥ずかしい思いをしました(汗;)。

それから会社はうなぎのぼり↑
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いつの間にやらベンツにも乗れる身分に!!

が、好事魔多し・・

いままで遊びを知らなかった男がいつの間にか遊びを覚え、そしてお決まりの顛末・・

粉飾決算まがいのことも。

が、そこでこのままではいかんと、また奮起!(笑)。

会社を立て直し、25億円かけて1,000坪の工場を建造することになったのですが・・

そして倒産、保険金を考えたことも・・

時はバブル絶頂期、このまま行けば上場企業間違いなし!! ところが、バブル崩壊。

親しくしていた銀行も手のひらを返したように、貸しはがし、いろいろ工面したのですが、すでに手遅れ。

平成6年に会社倒産!

「あ〜、俺はもうダメだ。 自決しよう」と来る日も来る日も考えました。

保険金が2億円入っているので、これがおりれば、会社が少しでも生きながらえるのではないかと・・

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頂点から一挙にどん底を味わいました。
最終的には家屋・家財・車などなど一切合財売り払い、保険金を解約したお金も全て返済にあて、全てすっからかん。

家の周りは「や」の人たちに取り囲まれ、裸同然で家を出ました。

あの一言が私をまた立ち上がらせることに・・

「15歳にしての上京以来35年間がむしゃらに働いての結末がこれか・・、俺の人生終わったな」と、正直感じ、人様から逃げ回るような人生になってしまったことに悔いに悔いておりました。

そんな時、逃避行先の宿に次男の公志から電話が入りました。

「父さん、家族で4畳半のアパートでも良いから借りて、そこからやり直そうよ。
家族みんなで頑張ろうよ」と・・

この一言が私の人生を変えました!

「そうだ、逃げていても何も解決しない!もう一度東京へ戻ろう!」と。

またまた人の心のありがたみを知る。

東京に戻りしばらくはウィークリーマンション住まい。

いままでの看板の仕事をすることもままならず、家族会議を開き、日銭が入る仕事はないかと探し当てたのが、ハウスクリーニングの仕事。

1日の稼ぎが1人4,000円でも家族4人でやれば1日16,000円、どうにかやっていけるのではないかと思い、当時新宿百人町にあった会社に研修を受けに行こうと思ったのですが、研修を受けに行くお金もない・・

そんなときにも不思議と助けはあるものです。

どこで分かったのか、債権者の方から、連絡がありました。

てっきり、お金を返せの話かと思いきや、「相川さんには、昔お世話になりました、事業再建のために使ってください」と、なんと資金を下さったのです。

しかも一人ではなく、数人の方から・・  うれしくて涙がこぼれました。

その資金を元にハウスクリーニングの研修に行くことにしました。

「研修受けたら、1日8,000円で仕事回すよ」の言葉に、「1日8,000円なら、家族みんなでやれば、一日32,000円じゃん♪」と思ったら、ぬか喜び。

研修はすんだものの、3ヶ月たっても仕事も紹介はしてもらえないという現実・・

恥を忍んで昔の得意先であり、債権者でもあったアート引越しセンターの社長を訪ね「再建したいので協力をお願いしたい」と、伏してお願いをしたところ、心ある社長は「相川さんがまた事業をするなら、よろこんで協力するよ」と言うことで、仕事を回してくれ、それが元でぽつりポツリと活動を再開することになりました。

素手でウンチをかき出す!

覚悟をして始めた仕事ではありましたが、やはり、そう簡単な仕事ではありません。

「トイレが詰まったので来て欲しい」というご依頼に伺ったところ、どうしても詰まりが取れない・・

「こんなことでは喜んで頂けない」の一心で、気がついたら便器に手を突っ込んでかき出していました(笑)。

お客様には驚かれましたが、喜んで頂けたことが何よりも嬉しかったのを覚えています。

心を込めなければお客さんは喜んでくれない!

この仕事の一番の喜びは「わー、綺麗になった♪」と喜んでくださるお客様の声です。

頂く料金相応の仕事では、お客様は喜んでくださらない。

料金以上の仕事、お客様が考えるレベル以上の仕事をしてこそ、「さすがにプロは違う!と、思って頂ける」の気持ちで仕事に取り組むこと、それがアイモアスペース流だと考えております。

そんな気持ちで伺っていると、家のちょっとした故障や傷んでいるところが目に付くものです。

「奥さん、ここの扉ちょっと緩んでいるので、治しておきますね」ということを続けているうちに、「お宅では簡単なリフォームは出来ないの?」のご要望を多く頂くことになりました。

そこから始まったリフォーム事業

社内に「一級建築士」「福祉住環境コーディネーター」「福祉用具専門相談員」を置き、お客様の立場に立ったご相談を行い、自社施工で、他店よりもお安い価格で、さらにお客様ひとりひとりに応じたきめ細かい作業が喜んでいただけているのか、今ではハウスクリーニング以上のご要望を頂くようになりました。

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そして現在が・・

東京に夢を抱き上京してきた15歳の少年もいまや7?歳(笑)。

いままでお世話になった方々への感謝と恩返しの日々です。

ささやかなことではありますが、会社近くの清掃ボランティアも実践。

私と同じように人生の再建を図る方々への研修(研修生育成事業)など、少しでも社会に貢献できる会社になるようにと考えております。

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最後までご覧頂き、ありがとうございました。

何かのきっかけでこのサイトまでたどり着き、最後までご覧頂きましたこと、感謝申し上げます。

このご縁を大切にさせて頂ければ幸いです。

リフォームハウスクリーニング害虫駆除ガーデニングなど、住まいのことならなんでもご相談下さい。

心を込めて、仕事をさせて頂きます!

あなたとの出会いを楽しみにお待ち申し上げております。

アイ モアスペース 株式会社 所長
相川 了一
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